大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)1653号 判決 1976年11月18日
原告
大同酸素株式会社
右代表者
半田忠雄
右訴訟代理人
中村健太郎
外一名
被告
株式会社大谷製機所
右代表者
大谷勇
右訴訟代理人
田中藤作
外三名
主文
被告は原告に対し、金二九七万〇一九五円とこれに対する昭和四七年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 申立
一、請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金二七八〇万一五〇一円とこれに対する昭和四七年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二、請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 主張
一、請求原因
1 被告は、原告所有で、処分禁止を主とした仮処分が執行され、大阪地方裁判所執行官吉本武男の占有保管する別紙プラント設備目録記載の各物件から成る液体酸素の受入、利用に要する装置及び集塵装置等の設備(以下本件設備という。)を昭和四五年一〇月頃、執行官の公示書を破毀したうえ、解体して撤去し、解体した器材を第三者へ売却処分した。
2 原告は、被告の右不法行為によつて次のとおり二七八〇万一五〇一円の損害を受けた。
(一) 原告は、本件設備を昭和三八年一〇月から昭和四三年一〇月に至るまでの間に被告工場内に設備した。これに要した費用は左記のとおりで、一億〇八七五万八二〇〇円である。
(1) 昭和三八年一〇月設備分
七〇八七万四〇七五円
(2) 昭和三九年四月設備分
一八〇万円
(3) 同年一〇月設備分
一一三万八七五〇円
(4) 昭和四一年一〇月設備分
三四一九万九〇五〇円
(5) 昭和四二年四月設備分
七〇万〇一三五円
(6) 同年七月設備分
四万三九四〇円
(7) 同年一〇月設備分
二二五万二二五〇円
以上合計一億一一〇〇万八二〇〇円のうち、設備の一部取替を行つたことにより二二五万二二五〇円を右金額から控除する。
(二) 本件設備について、昭和三八年一〇月三一日から昭和四四年四月三〇日までの間に原告の第六二期から第七三期までの決算期(毎年四月末日と一〇月末日の二回)において、計八〇九五万六六九九円の減価償却が行われた。
右償却によつて、昭和四四年四月末日の本件設備の償却残額は二七八〇万一五〇一円となるが、この額は本件設備の不法行為時の価額よりも低額であつて本件不法行為による損害額として相当である。
3 よつて原告は被告に対し、右損害額金二七八〇万一五〇一円と、これに対する本訴状送達の翌日である昭和四七年四月二二日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、(一)について、原告が本件設備を昭和三八年一〇月から昭和四二年一〇月までの間に、その主張の各年月に設備したこと、設備の一部取替を行つたことは認める。(二)について、本件設備の減価償却が行われたこととその金額、償却残額は不知。その余の2の事実は否認する。
本件設備は、昭和四五年一〇月頃にはスクラツクプとしての価値しかなく、そのスクラツプ代は設備の解体撤去費用にも満たないものであつた。それ故原告には損害はない。
三、抗弁<以下―省略>
理由
一原告の所有に属し、大阪地方裁判所執行官吉本武男の占有保管する本件設備を、被告が昭和四五年一〇月頃、解体して撤去したうえ、解体した器材を第三者へ売却処分したことは当事者間に争いがない。<以下省略>
二事務管理について
被告の本件設備撤去行為が、原告の意思に反することが明らかでなかつたかどうかを検討する。
証人大谷博哉の証言によると、本件設備は屋外に置かれ、雨曝しになつていたので、絶えず腐触は進行していたことが認められる。
しかし一方、原告が、本件設備について昭和四四年一月二二日、被告を被申請人として大阪地方裁判所に対し、処分禁止の仮処分を申請し、同裁判所が翌二三日、右仮処分の決定をし、同月二五日その執行がされたこと、その結果被告の撤去時、右設備がなお執行官の占有保管中であつたことは当事者間に争いがなく、証人正部千代三郎の証言によると、昭和四四年六月以降、被告倒産後の残務整理に携わつた正部千代三郎は、本件設備が仮処分を受けている旨前任者から引継ぎを受け、それ故、勝手に処分もできないと思つていた事実が認められる。
次に、昭和四四年六月二四日、原告が被告を相手方とし、本件設備の買取りを請求して大阪簡易裁判所に対し民事調停の申立をし昭和四四年七月一六日から一四回にわたつて調停が行われたことは当事者間に争いがない。又、原本の存在及び<証拠>によると、以下の事実が認められる。即ち、原告は本件設備について一億余円の資金をかけ、原告から被告へ液体酸素を継続的に売ることに伴うサービスとして昭和三八年設備して以来被告に無償貸与してきたのであるところ、昭和四三年三月、被告が予想外に早く倒産したため、酸素供給取引による設備資金の回収ができなかつたと判断した。原告は更に、本件設備はなお多年にわたる稼動が可能であつてその用法に従つて利用する場合相当高度の経済的価値を有するものと評価し、これに反し解体してスクラツプとして売却するならば、殆ど無価値なものとなるとの認識に立つて被告に対し、稼動可能なものとして、原告の考える相応な価格をもつて買取らせるために右調停申立に及んだ。調停の席上、原告代理人は右認識に基づいて、当初二〇〇〇万円ないし三〇〇〇万円による買取りを請求した。数次の話合いの後、原告代理人は五〇〇万円くらいまで折れたが、被告代理人は一〇〇万円くらいの価格を示すに停まり、本件設備が転用可能かどうかの評価をめぐつてその認識に基本的差がなお存する状況であつた。被告はこのような調停の進行中、その成立をみないうちに、本件設備を解体してスクラツプにし、一〇〇万円で第三者に売却した(調停外での和解が成立していなかつたことは三に述べるとおりである。)。以上の認定を覆するに足りる証拠はない。
そうして、右認定の仮処分の存在及び調停の進行状況に照らすと、前記認定の本件設備の腐蝕進行状況によつては、本件設備をスクラツプとして一〇〇万円で売却した被告の行為が原告の意思に反することは明らかでなかつたとは言えない。
他に被告の主張に沿う証拠もなく、事務管理の抗弁は既にこの点において失当である。
三和解について
昭和四四年六月二四日、原告が被告を相手方とし、本件設備の買取りを請求して大阪簡易裁判所に対し民事調停の申立をしたことは前述のとおりである。更に、<証拠>によると、右調停の昭和四五年一〇月六日の期日は、原告代理人中村健太部、被告代理人大江篤彌が出頭して行われたが、その時調停委員の松本保三が当事者双方に対し、本件設備を被告が二〇〇万円で買取ることによつて解決する旨の案を示したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
そこで進んで、右松本提案の後、原被告双方が、本件設備に関し和解に達したかどうかを検討する。
<証拠>中には、原告代理人中村健太郎は、松本提案が出された時、その場で右提案を承諾する旨明言し、一方被告代理人の大江篤彌は、田中藤作ないし被告に相談する旨告げて松本提案に対しては即答を避け、事務所へ帰つて後、中村が提案を承諾した旨田中に報告したこと、田中は直ちに中村に電話をかけ、翌日再度電話した時、中村は所有権を放棄しその代わりに被告が二〇〇万円支払う旨の和解が成立したと答え、田中も被告代理人としてそれで承知した旨告げたこと、以上の記載ないし供述部分がある。しかし、右各記載ないし供述部分は、証人高田正一、同松本保三、同中村健太郎の各証言及び争いのない結局調停書が作成されなかつた事実に照らして措信し難く、他に被告主張の和解の成立を認めるに足りる証拠はない。
よつて右抗弁も失当である。
四そこで、被告の本件設備撤去行為によつて原告に生じた損害額を以下に認定する。
1 <証拠>によると、以下の事実が認められる(一部争いのない事実を含む)。。
(一) 原告は、本件設備を、被告の液体酸素の受入れと、製鋼に伴つて生じる煙の中の金属の粉塵を除去する用に供するために、大阪市大正区南恩加島町九一番地の被告工場内に、昭和三八年一〇月から昭和四二年一〇月にかけて設備した。右設備は、原告が、木下産商株式会社、横山工業株式会社、河内鉄工所、無煙ボイラー株式会社に請負わせ、或は原告自身が部品購入の上工事をするなど、すべて原告側の手によつて行われた。
その設備時期と内容、費用の詳細は次のとおりである。
昭和三八年一〇月集塵装置据付分
七〇八七万四〇七五円
昭和三九年四月設備分 一八〇万円
同年一〇月集塵装置NO2・ブロ
ワー修理分 一一三万八七五〇円
昭和四一年一〇月集塵装置増設分
三四一九万九〇五〇円
昭和四二年四月右増設の追加分
七〇万〇一三五円
同年七月右同 四万三九四〇円
同年一〇月末日集塵装置スロート
修理工事 二二五万二二五〇円
右スロート修理に際し、集塵装置のベンチユリースクラバークラフト二個を取替えのため廃棄した。その価額は二二五万円であつた。
(二) 本件設備の主要部分を占める集塵装置は、製鋼に当たり、酸素を使用するうえで必要不可欠のものである。集塵装置には平炉から出たごみを水で拡散してこれを沈澱させる湿式(旧式)のものと、乾式の電気集塵機とがあり、ごみが乾燥された状態で出てくる乾式の方が事後処理が簡単で、性能も湿式に比べて秀れている。設備費は乾式の方が数倍高いが、維持費は逆に乾式は湿式の一〇分の一程度しかかからない。本件設備は湿式のものであつた。
(三) 本件設備は、平炉の存する建物に接着した屋外に設置され、被告が原告から無償で借受け、昭和三八年一〇月以来被告の製鋼過程に連結してその用法に従つて稼動していた。本件設備は集塵機自体の容量が少ないため、ごみ処理能力が不足していた。又、装置が湿式であつたため、平炉の燃料である重油中に含まれる硫黄がガスとなつて装置に排出された際、水と一緒に攪拌される結果硫酸に変化して外壁の鉄に働き、雨曝になつていたことも原因してこれを腐蝕させ、使用開始後半年くらいで穴が開くに至つた。そのような箇所が徐々に数箇所生じた。又、湿式であるため、ごみが水と混合されてどろどろの状態になり、ノズルや排出口のパイプをつまらせる等の故障が度々生じた。右故障はその都度原告が修理していたが、穴が開いた箇所のうちには、応急処置として、蓆を被せたままの所もあつた。修理の主なものとしては、昭和三九年一〇月三一日までに行われたブロワー修理(費用一一三万八七五〇円)、昭和四二年一〇月三一日までに行われたスロート修理(費用二二五万二二五〇円)があつた。上記故障等が原因して赤い煙が出たため、本件設備について、大阪市公害課から装置の大巾改善、できれば電気集塵機を設備せよとの勧告を受けたこともあつた。
(四) 被告は昭和四三年三月頃倒産して工場を閉鎖し、本件設備の使用もその頃終わり、以後は被告工場内の屋外に何ら手を加えず放置されていた。被告はその後清算に入り、工場内機械設備や建屋全部をスクラツプにする等して売却処分し、そのことによつて工場敷地等の土地を更地にしてこれも売却して多額にのぼる借金を返済する予定を立て、実行に移つた。解体が進行し、原告所有である本件設備だけが敷地上にほぼ原状のまま残存する状況になり、工場敷地を売却するうえで障害となつた。被告は、本件設備について、所有者である原告に、昭和四四年二月八日と翌四五年五月一六日の二度にわたつて撤去するよう申入れたが、原告が応じなかつたため、処分することにした。当時原被告間に係属していた本件設備買取りをめぐる調停の席上、原告は、本件設備が転用可能で高価なものである旨主張してきたが、被告がその技術系社員に意見を求めたところ、昭和四五年九月一〇日、本件設備は旧式のものであるうえ、長い間雨曝しとなつていたため、朽廃していて転用が不可能である旨の返答を得たので、解体しクラツプとして売却処分することに決した。昭和四五年一〇月頃、解体業者である安田商店と交渉の末、同商店に撤去作業をさせることとして、本件設備を解体して撤去させ、その解体器材を一〇〇万円で売渡した。解体はゴムで内張りをしていたのと、埃が内部に付着していたのとで困難な作業となつたが約二週間で終了した。原告は、その間、処分をするかどうかについて、何ら積極的な意思表示をせず、撤去の事実を知つたのも昭和四六年一一月頃であつた。
(五) 本件設備は、全体として、法人税法とその施行令に基づいて定められた減価償却資産の耐用年数等に関する大蔵省令にいうばい煙処理用減価償却資産に該当するが、右省令によると、減価償却するに当たつて、このような資産は、耐用年数七年、定率法による場合の償却率0.280(一年に一度償却する場合)と定められている。一年に二度償却する時は、右省令上一四年の耐用年数のものの償却率によるべきであるが、これは0.152と定められている。原告は、その固定資産台帳上、その主張の取得価額(設備費用)から右省令に従つて耐用年数七年、一年に二度償却するので、償却率0.152と定めて、昭和三八年一〇月から被告倒産の約一年後である昭和四四年四月まで毎年四月と一〇月の末日に定率法による減価償却を行つた。
以上の認定を覆するに足りる証拠はない。
2 右認定事実をもとに、本件設備の撤去時における価額を考える。
(一) 前記認定事実によると、本件設備は、製鋼するに当たつて必要不可欠なものであつて、被告は倒産に至るまで本件設備を使用して鉄鋼生産を続けていたこと、倒産後、本件設備は屋外に放置されていたが、撤去されるまでほぼ原状のまま残存していたことが明らかなので、撤去時においてなお朽廃に達せず、稼動途中にあつたものと推認される。そうして、証人高田正一の証言中の、大阪市内にあるかどうかはともかく、本件設備を必要とする会社は他にあるだろうとの供述部分を加えて考えると、本件設備を被告工場以外の所へ転用或は転用のために売却することも可能であつたと認められる。
<証拠>によると、被告の技術系社員大谷博哉が、撤去前の昭和四五年九月に、本件設備が朽廃している旨の報告書を作成していることは認められるが、右報告書が、本件設備を試動させる等十分な調査のうえ作成されたものかどうか明らかでなく、原本の存在及び成立に争いのない乙第二号証の記載中、本件設備を取外した場合、その解体物はスクラツプとしての価値しかない、とある部分は、証人中村健太郎の証言によると、調停申立時、原告の訴訟代理人であつた同人が、調停を有利に運ぶため、強調の意味で記載したものであることが認められるので、いずれも右認定を覆すに足りるものでない。他に右認定を覆すに足りる証拠もない。
(二) 一般に稼動途中にあつて転用のために売却可能な固定資産の評価は、取得価額をもとに適切な方法により減価償却をすることによつて算出すべきである。そこでそのような固定資産である本件設備の評価についても、他に客観的資料もないので減価償却法を用いることとする。
前記認定のように、本件設備稼動後半年を経てから故障が相次ぎたびたび修理が必要となつたことから考えて将来も幾多の修理が必要と予想されること、被告の倒産によつて本件設備は他の業者に売却する等して転用を計らねばならなくなつたが、本件設備の主要部分を占める集塵装置は旧式の湿式であつて乾式に較べて性能面で劣り、価値の経済的減耗が考えられること等より、減価償却法でも、定額法より定率法によるのが相当である。又、本件設備の場合、稼動を止めた後も、修理も行われず屋外に放置されていたことによる減価に加え、右経済的減耗のあることを考慮すると、稼動中と同様に減価償却をするのが相当である。
(三) 減価償却と未償却残額
本件設備の取得価額、耐用年数、残存価額、更に償却率は以下のとおりである。
(1) 取得価額
本件設備据付の経過は1(一)認定のとおりである。うち、昭和三九年一〇月のブロワー修理分一一三万八七五〇円と昭和四二年一〇月末日のスロート修理工事分二二五万二二五〇円(取替えのため廃棄した二二五万円分は差引かれるべきである。)は、本件設備の正常な使用状態を維持するために必要な修理であつて、新たな価値を加えるものでないと考えられるので、取得価額から除外する。
そうすると、取得価額は別表取得価額欄のとおりである。
(2) 耐用年数
本件設備の税法上の予想耐用年数は七年とされている。前記認定のように、本件設備は昭和三八年一〇月の設備以来、昭和四三年三月の被告倒産に至るまで原状を残しており、なおしばらく稼動可能と考えられる状態であつたが、その故障の続発状況や、うち一部は昭和四一年から昭和四二年にかけて遅れて増設されたものであることを考えると、耐用年数は、右予想耐用年数の七年が相当と認められる。
(3) 残存価額
税法上の予想残存価額がいくらであつたかはともかく、現実の残存価額が判明すればこれによるべきである。残存価額は、耐用期間を経過した設備をスクラツプとして売却する際の売却価額から解体撤去等のための費用を控除した価額を示すものであるから、耐用期間前にスクラツプとして売却された場合、その価額も同様に残存価額の基礎とし得る。前記認定のように本件設備もスクラツプとして一〇〇万円で訴外安田商店に売却され、しかも右一〇〇万円は解体撤去費用を既に控除した残額と認められるから、その残存価額は一〇〇万円である。
(4) 各期の償却率
定率法による各期の償却率は、取得価額をC、残存価額をS、償却期数(原告のした例に倣つて償却期は半年毎とするのが相当であるが、その場合償却期数は耐用年数の倍となる。)をnとして一−の式で得られる。本件設備の各部分について取得年月は異なるが、残存価額がそのスクラツプとしての性質上、各取得部分に均分されるべきである以上、償却率算出に当つて残存価額一〇〇万円に対しての取得価額は各取得価額を単純に合算して良い。各取得価額の総計は一億〇七六一万七二〇〇円である。
よつて償却率は、である。
(5) 以上の前提に従つて本件設備の各償却期(毎年四月三〇日と一〇月三一日とする。)毎の減価償却額と未償却残額を算出すると別表のとおりである。うち昭和四五年一〇月三一日現在の残額二九七万〇一九五円は、本件設備の解体撤去時の未償却残額と等しく、四1に認定した各事実に照らし、解体撤去時における本件設備の評価額としても相当と認められる。
よつて、原告の損害額は二九七万〇一九五円である。
五権利濫用について。
1 原告が本件設備について昭和四四年一月二二日、被告を被申請人として、大阪地方裁判所に対し、処分禁止の仮処分を申請し、同裁判所が翌二三日右仮処分の決定をし、同月二五日、その執行がされたことは当事者間に争いがない。
被告が原告に対し、二度にわたり本件設備の撤去方を申入れたことも当事者間に争いがない。しかし一方、結局は被告の手によつて本件設備の撤去に至つた事実に徴すると、右申入れの事実のみをもつて、被告に本件設備を処分する意思が全くなかつたものと認めることはできない。更に、被告が仮処分申請当時既に倒産し、清算手続に入つていたことは当事者間に争いのないところ、倒産会社の清算事務の途次、資産の散逸がしばしば起り得ることは経験則上認められるところである。他に保全の必要性がないのに仮処分がされた旨の被告の主張に沿う証拠もない。
仮処分を解放してから調停を申立てる旨の申入れがあつた点については、その主張に沿う証拠はない。本件設備の買取りをめぐり、昭和四四年七月一六日から一四回にわたつて調停が行われたことは当事者間に争いがないが、右調停進行の事実をもつて直ちに仮処分が実質的に解放されたと認めることもできず、他に仮処分の実質的解放の主張に沿う証拠もない。
2 調停進行中、被告主張の和解が期日外で成立したと認められないことは三で述べたとおりである。
3 本件設備が、被告において稼動させて初めてその価値を発揮できるとの被告の主張について。本件設備が被告工場内に据付けられ、被告の製鋼過程に結び付けられて稼動されてきたことは四1(三)に認定したとおりであるが、本件設備が転用可能なものであつたことは四2(一)に認定したとおりである。これに関連して、原告が、被告倒産後は本件設備がスクラツプとしての価値しかないことを承認していたとの点については、前掲乙第二号証の記載部分については四2(一)末尾に述べたとおりであつて、右記載をもつて原告の承認の事実を認められず、他に右事実を認めるに足りる証拠もない。
次に、本件設備の撤去による損害額は四に認定したとおり、二九七万〇一九五円に過ぎず、原告の請求額とかけ離れている。そうして、原告の損害額の主張が、帳簿価額を根拠とすることは記録上明らかである。しかし、右帳簿価額は四―(五)に認定したように、原告が本件設備の取得価額と、税法上定められかつ当裁判所認定と等しい予想耐用年数、及び税法上定められた償却率に従つて年二回の減価償却を行つて算出してきたものである。減耗のある固定資産の評価は減価償却法に拠るべきことも前述のとおりであるので、証拠上原告の本訴提起時他に客観的に明確な評価方法があつたとも認められない本件の場合、原告の請求額算出方法が、単に形式的理由にのみ依るものと言うことはできない。
以上、仮処分、和解、本件設備の評価のいずれの点についても、原告の請求が形式上の不備或は形式的評価を盾にとつたものと言えず、この抗弁も失当である。
六過失相殺について。
1 被告の右主張が、準備手続調書又はこれに代るべき準備書面に記載されず、準備手続終結後初めてされたものであることは、本件記録上明らかである。しかし、右主張は、準備手続終結後の未だ証人尋問の行われていない第一回口頭弁論期日で既にされており、右主張を基礎づける証拠も、証人調べの間に新たに書証が出されたのみで、右書証の成立を含めた他の立証は、すべて準備手続中に申出られた証人によつてされており、新たに人証の申出もないので右主張に関する弁論、証拠調べによつて著しく訴訟を遅滞させないときに該当する。
又、右主張は、一三回にわたつて準備手続期日を重ね、他の双方の主張ならびにこれを裏付ける書証の整理、人証の申出を了し、準備手続を終結した後に初めて提出されたもので、時機に後れたものと認められる。しかし、前同様の理由により訴訟の完結を遅延させるものでないと認められる。
よつて右主張を却下しない。
2 原被告間の本件設備に関する調停進行中、原告代理人中村健太郎が二〇〇万円の支払と同時に本件設備の所有権を放棄する旨合意したと認められないことは三に認定したとおりであつて、この点で原告側に、被告の本件撤去行為を誘発した過失があつたとは言えない。
被告は、本件設備残置によつて生じた損害を理由として過失相殺を主張するようである。右損害の発生が存したと仮定しても、右損害は残置行為の結果に過ぎず、これの賠償を原告に対し不法行為により請求するのは格別、残置行為と独立のものとして過失相殺の事由となるものでなく、主張自体失当である。
そこで、残置行為自体が過失相殺の事由となるかどうかについて附言する。
被告が原告に対し、昭和四四年二月八日と同四五年五月一六日の二回にわたつて本件設備を撤去するよう求めたこと、右要求がされたのは、被告が清算事務として工場敷地を売却するうえで障害となつたためであること、原告がこれに応じなかつたことは四1(四)に述べたとおりである。しかし一方、原告が、本件設備について昭和四四年一月二二日に処分禁止の仮処分を申請し、翌二三日同決定を得、同月二五日右仮処分の執行を得たこと、右仮処分が実質的に解放されたと認められないことは五1に述べたとおりであつて、被告の撤去に至るまで、原告は本件設備の解体撤去を許さない意思を客観的に明白にしていたものと認められる。更に原告が昭和四四年六月二四日、被告を相手方として本件設備の買取りを請求して調停を申立て、昭和四四年七月一六日から被告の撤去時までの間、原被告間で調停が続行されていたことも二に述べたとおりであつて、被告の撤去に至るまで、原告も単に本件設備を放置していたのみでなく、被告との交渉を通じて解決に努力しており、被告も原告との協議に応じていたものと認められる。これら原告の仮処分或は調停についての措置があつたことを考慮すると、原告の残置行為が仮に被告の撤去行為を誘発したとしても、過失相殺の事由とする程の過失があつたと認めることはできない。
よつて過失相殺の抗弁は失当である。
七結論
以上原告の請求は、二九七万〇一九五円とこれに対する不法行為後であつて本件訴状送達の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四七年四月二二日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(宮本勝美 道下徹 高田泰治)
別紙<省略>